新年明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。

本年が皆さま方にとって、幸せ多き一年であることをお祈りいたします。

今年は戦後70年という節目の年です。今上天皇が新年のご感想で述べられた、以下のくだりに言い表されていることは、一人ひとりが立場を違いを超え、真摯に受け止め動く必要があると感じました。

「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。」(宮内庁HPより抜粋。)

さて、話は変わりますが、昨年はSTAP細胞というものが存在するのか、しないのかが一年を通じてニュースになった年でしたが、理研という組織のあり方について養老孟司氏の所見が新聞に出ており、なるほどそういう見方をするのかと思ったので概要ご紹介します。

「日本社会は、「状況依存」をよしとしてきた。状況依存とはその場の状況に応じて物事を決めていくやり方。決定までの状況を細かくピックアップできないので、後でなぜそういう結論になったのかを検証しようとしたときに、どうもうまく説明が出来ないということが生じる。結果、当世いうところの「説明責任を果たせない」ということになる。」

しかし、同氏はこう言います。「説明責任とはなんだろう?その時、その場にいる人たちは、それなりに最も妥当で合理的な判断を下そうとしているのだ、と。それこそが、自然であり客観的と言えるのではないか。」

「欧米式ではリーダーがいて、リーダーという主体が自由意思に基づいて物事を決めていく。理研をはじめとする科学界にとどまらず現代の日本ではこのスタイルが広まっている」としつつ、同氏は「日本式とどちらがやりやすいかは、個々が本気で考えなければいけないが、強いリーダーシップや成果優先主義は、人間性を無視した価値観だと思う。」と結んでいます。つまり状況依存は日本人にはなじんだやり方であり必ずしも「悪」ではないと、科学界のあり方に焦点を絞った上で「是」としています。

この記事を読んだとき、養老氏が指摘する日本人の行動様式を「議会」という場に当てはめたらどうなんだろうと考えました。議会という場では「状況依存」はどうなのか?と。議場で意見を述べたり、採決に臨んだりする際、また行政との関係上等々。

このテーマをいわゆる政治の世界に持って来ようとすることに多少の無理があるのかとは感じながらも、議会で行われていることを市民から「見えること」、「わかりやすいこと」とする営みは努力し続けて行かなければならないと思います。議員は市民の負託を受けたものとして、その責任と義務を果たす必要があります。また行政も市民と社会契約を結んで成り立っているものだとすれば、やはりその責任と義務を果たさなければなりません。このことを胸に刻み、活動していきたいと思います。

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