狛江が手本(その2)

14日 5月 2014

狛江が手本(その2)

 「私は狛江市と世田谷区を見倣ったんですよ。山田さんも当時の狛江のことを調べてみたらいい。」

 田中さんはこんな言葉から話を切り出されました。私は「えっ。」と意表を突かれました。田中さんは昭和58年、小金井市下水道課排水設備係に着任されました。当時は国の基準(下水道施行令)で「溜め桝(ます)」が義務付けられており、「雨水浸透ます」はほとんど見られなかったそうです。雨水を土中に漏らすことなく下水に流すことが至上命令だったのです。工事の際も漏ったら「やり直し」が当たり前だったそうです。

 そんな中、狛江市と世田谷区は法律でダメだということを破ってでも”先進的な”簡易浸透ますを導入し始めていたというのです。(「住宅地にどれほどあったかはわかりませんが。」(田中氏)

 「下水道が整備された後は、小金井市内では昔17箇所あった湧水が6箇所に減ってしまったのです。」

 昭和60年頃、国のいう溜め枡方式では、雨水は基本的に下水に全て流されてしまうため、下水道使用料だけ多く取られるだけで、地下水は涸れるに任せていたといいます。

 「そこで、自分は「雨水浸透ます」に賭けました。なぜなら、きれいな野川を取り戻すことが子ども達に自然を大切にする心を教え、ひいては道徳心を向上させると確信していたからです。ミネラルをいっぱい含んだ水が地下に浸透することで生物相がどんどん豊かになって行くんです。実際、雨水浸透ますの周囲にはバクテリアが棲み着き、それらを食べる生物の食物連鎖が始まるのです。」

 しかし、底に穴を開けただけの「簡易雨水浸透ます」では底の穴が土砂等で目詰まりし易く、直ぐに水があふれてしまい浸透力に問題があったといいます。

 「何とか改善出来ないものかといろいろ考えました。ずっと考えていたのですが、ある時あるコンクリート会社が作っていた「おこし状」のコンクリートを見る機会がありました。あのお菓子の「おこし」です。おこし状であることによってどの方向にも通水するというところに「なるほど!」と膝を打ちました。

 これが現在当たり前となっている底面だけでなく側面にも孔(穴)がある雨水浸透ますの誕生のヒントになったとのことでした。

 「私は早速同僚たちにアイデアを話しました。でも大方の反応は「そんなうまく行くかなあ。結局、同じじゃないか?」というものでした。メーカーにも話しましたが、彼らもそんなもの作った経験はありません。判らないと言います。「実験」が必要でした。」

 「公共施設を使っての実験が始まりました。公園等での実験を重ねました。係、道路作業員を総動員です。当時は道路作業も直営でしたからね。結構な人数がいました。そして、やってみると浸透効果は明らかに違いました。」

 田中さんは、市民負担を求めるものであることから、新築の際の柱一本分の価格に抑えることを目指したといいます。その価格に抑えることさえ出来れば、市民意識の高い小金井にあっては理解が得られるだろうと思ったといいます。

 「問題は指定工事店でした。初めて全工事店を集めて説明会を開いた時のことです。集まった工事店さんを前に説得出来るか不安で不安でたまりませんでした。自分の思いを伝えようとだけ思いました。皆さんも子どもの時分、きれいな野川で泳ぎましたよね、と。でも工事店さんとしては工務店の方が設計し事業費を決めるものですから、自分たちで積極的には言い難いというのがあるわけです。会場は静かになってしまいました。その時、今はもう廃業してしまいましたが、当時の工事店の会長さんが「みな、やるべえ。」と切り出してくれたのです。これで流れが決まりました。」(続く。)

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